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2011年12月16日

もうすぐクリスマスだけど、、

12月に入ってすぐにクリスマスツリーの飾り付けを嫌々した。
、、というのも、なんだか蒸し蒸しと暑くて。。。

もう少し涼しかったら、たのしく飾り付けできるのに、、と、ブツブツ言いながらやり終えたのに、今週は、なんだか涼しい。
それに、月曜からずっと、太陽を見ていない。。。

で、今日は夕方から冷たい南風が吹いてきた。しかも強風。窓ガラスは白く曇って、季節が逆戻りした感じ。

せっかく今日で学校も終わって長い休みに入るのに、、、。

まとめて雨が降ってクリスマスの頃にはずっと晴れるのだろうか。。
是非そうなってもらいたい。

2011年9月9日

親バカ日記

朝8時過ぎ、monチャンの担任の先生から電話があった。

ドキドキするわなぁ。。注意でもされるのかと思って。

実際は、そうではなく、「今朝行われる全校集会でmonチャンが賞をもらうので、よければ見にきませんか?」といった内容だった。本人には内緒にしているらしい。



、、、てことで、行って来た。


全部で15人くらいだったかなぁ。順番に呼ばれ、全校生徒の前でひとりひとり賞状を受け取った。その中のひとりにmonチャンもいた。とてもちっちゃく見えたけど、もじもじすることなく堂々としていた。


「校長賞

クラスの一員としてなじむのも早く、賢く、良い子で、学ぶことすべてに興味を持っており、教え甲斐のある生徒である。」


、、という内容の賞状。



学校生活が始まって、そろそろ1ヶ月。これからも、楽しんで通っていけるといいなぁと、思う。


それから、全校集会の最初にみんなが歌った国歌、とても感動した。みんな大きな声で、力強く、しっかりと真っ直ぐ前を向いていて、、。
ニュージーランドの子供たちは、結構、自由な感じで過ごしているイメージだけど、まとまるときにはまとまるんだなぁ、、と。
団結力を感じた。

2011年7月8日

NZでの出産

もうすぐ、kaiチャンが生まれてから1年が経つ。
あまりにも早かった。
私が生きてきた今までで、
いちばん早く過ぎた1年間だったように思う。

ちょうど1年前といえば、新しい命の誕生を心待ちにしていたころ。
その小さな命が、もう自分で歩き出したとは、、、。
小さいわりにたくましい。


そういえば、、、kaiチャンは胎児時代からたくましかった。
胎動が始まったのも早かったし、その激しさは、
「本当は男の子だったりして、、、。」と、
超音波検査の結果を疑いたくなるほどに日々エスカレート。
毎晩のように大運動会が繰り広げられていた。

そんな毎晩の胎動のすごさと、重さ、大きさに耐えられなくなり、
37週の頃には、「もう出てきてもいいのに、、、。」と、思いながら、
よいしょ、こらしょ。どすこい、どすこい。、、と、いった感じだった。
「もう無理。限界。」と、毎日ギブアップ宣言していた。

monチャンは予定日の2週間前に生まれてきた(日本の病院で出産)ので、
kaiチャンもきっとその辺りの登場だろうか、、と、期待していたのだけれども、
その日を過ぎても出てこず、お腹はパンパン。
狸の親方状態だった。
あってはならない100センチ越え。、、、とても辛かった。
縦154センチ、周り100センチって、ちょっとすごかったと思う。
体重の増加も9キロ以内に抑えたにもかかわらずの結果がこれ。
妊娠前よりも顔周りはスッキリしていたから、
ぜーんぶkaiチャンに吸い取られたのだと思われる。

このまま、もし、予定日を迎えてしまったらいったいどうなるの私のお腹!
、、と、心配になってきたころ、無事に陣痛が来た。
予定日の10日前のことだった。

午前3時半、破水。
これって、陣痛よね~、、と、思いながらも、
できるところまで休息が必要と、思い、
横になって待っていたときに起こった。


、、、monチャンを出産するとき、
お腹の中で風船がバンッと、割れたような音がして破水。
、、という経験をしたので、
今回もまた同じことが起こるのかなぁ、、。と、恐怖心があった。
当時、既に陣痛の大きな波が来ており、
病院のベッドに横になっていた状態。
モニターをつけられており、
すぐに助産師さんが来て看てくださるのでなんにも心配することはない。
それでも、私のお腹破裂?みたいな感覚がとても怖かった。
そして、この破水が起こってから、初産であったのにもかかわらず、
助産師さんの最初の予想である「朝までには生まれますよ。」
という言葉も撤回され、分娩の準備に入った。。。

本題の今回、kaiチャンのときはというと、じんわりな破水。
「えっ。これって、、もしや?」みたいな感じ。
特に慌てることなく眠っている相方のlupoを起こし、
病院へ行く準備をし始めた。
lupoが、当然、助産師さんに連絡をとってくれるだろうと思いきや、、
「まだ早いのでは、、」と、思ったらしく、待機しているではないか。。。


ニュージーランドでは、なにかの理由があって、
自分で申し込まない限りは出産の際、
医師にかかるのではなく、
助産師さんに立ち会ってもらうのが普通。
妊娠がわかったら助産師さんのいるクリニックへ通い、
出産のときのみ病院へ向かう。
その際に助産師さんに連絡をとり、
そこで待ち合わせるかたちになる。
もしくは自宅で出産する人もいる。
そのときには2人の助産師さんが立ち会うらしい。
40週のあいだ、定期的に同じ助産師さんのところへ通い、
計画を立て、その日に挑むわけだけれども、
私の助産師さん、アンはちょうど予定日辺りに
休暇をとることがわかっていた。
だけど、私は絶対に予定日よりも早く出産するだろう、、
、、と思っていたので敢えて彼女にお願いしたのに、
結局休暇が前にズレ、別の助産師さん、
アントワネットにお願いすることになっていた。
そのアントワネットへ連絡する際の注意事項を
何度も聞かされていたので、
lupoは連絡するのを躊躇していたのだと思う。

「夜中にアントワネットへ電話をかけるときは注意すること。」

本格的に陣痛が始まってもいなのに、
電話をかけて起こしてはいけないということらしい。

恐らく、休暇をとっているアンが、
気を遣って、そう決めたのだろうけれども、
こっちとしては、そんなにのん気にしてもいられない。。。

monチャンのときは夜の11時頃にやんわりと、
でも定期的な陣痛がやってきたので、病院に連絡をし、
日付が変わる少し前に到着した。
そして、3時30分には出産した。結構早かったと思う。
そんな過去があるので、
のんびりしていて間に合わなかったらどうするのよ。。。
という思いがあり、とりあえず電話をしてもらった。
私は、病院へ持って行くものの最終確認をしつつ、
ラズベリーリーフティーを飲みながら、
気持ちをリラックスさせるように心がけた。
このお茶は、陣痛の痛みを和らげつつお産を助け、
出産後は母乳の出を良くすると知ったので、
友だちのRieepチャンに買ってきてもらったもの。

結局、5時半になったらそのときの状態を伝え、
病院へ行くかどうかを決めましょう。。。ということに決定。
なんとも不服な気持ちを抑えながら、
ただただ、痛みの波が来ては去っていくのを待った。
、、、この時間が長かった。

そして、いよいよ病院へ出発。
いつもにも増して荒い運転。
カーブはゆっくり進んでよー!と、言いたくても、
掴まって痛みをこらえるだけ。。。
だから、もっと早く出発したかった。。。
警察の車まで追い越して、、、よく捕まらなかったもんだ。

で、到着しても、まだ早朝。
助けてくれる人もすぐには捉まらず、
lupoが車椅子を持ってきてくれるまで、
寒い中、立っていることも、座ることもできず、
駐車場のチェーンを張ってあるポールをひとつひとつたどり、
寄りかかるように掴まりながら、
入り口に向かってちょこっとずつ進んだ。
やっと車椅子に乗ることができ、
部屋に案内されたのは6時過ぎ。
アントワネットの到着を待った。


待った。


結構待った。


多分20分以上。

やっと来てくれたアントワネットに指示を受け、
やっと横になれたかと思いきや、
「もう、準備できてる(子宮口十分開いている)みたいだから、
いきんでいいよ。」、、、とのこと。

「やっぱりだ。」と、私は思った。
もう、限界が来ていた。

で、とりあえずいきんではみたけど、
アントワネットに、
「おしっこが溜まってて、いきみ難いだろうから、行っておいで。」と、
サラッと言われた。

「えぇーっ?」

やたら高いベッドにやっとよじ登ったのに、
また降りておトイレへ行けと?
、、そして、降りると激痛。
これが重力の力なのだろう。

おトイレに座る。
「ここで生まれたらどうしよう。」と、一瞬、嫌な思いがよぎる。
ま、そんなにスルッと出てくるはずもないんだけど。
、、で、これがまた、出ない。
しばらくおトイレから出てこない私をおかしいと思ってか、
「水を流す音で出したくならない?」と、
水をジャージャー流しだした。
私は普段から水の音では反応しないタイプなので絶対それはない。
、、と、思ったけど反論もできず、されるがまま。
日本では管を通してくれて簡単にスッキリできたのに、、
、、と、煮え切らない気持ち。

、、結局、出すのは諦めてベッドへ。
そして、このベッドは日本の分娩台みたいのではなく、
リクライニングできるだけのベッドだったのねぇ、、と、
そのときになって気づいた。
踏ん張るために足を置く場所がない。。。
「これではいきめませんよ。どこに力をいれれば?」
、、などと考えていると不思議なことに陣痛が遠のいてしまった。
痛くないし、波も来てない感じ。
これが、ラズベリーリーフティーの力なのか、、、。
ただ、痛すぎて、自ら痛みを抑えるホルモンが出てきたのか、
その辺のところはわからないけど、
アントワネットが陣痛の波を導いてくれ始めたので、
意を決し、彼女のの指示に従って、
「今!」ってときにあわせていきみ始めた。
自分の両足の膝の裏を自分の両手で抱えた状態で。。。
、、、こんな出産ポーズありえない。
やっぱり陣痛の痛さはない。
だけど波の感覚は掴めた。
1回の波にできれば3回いきめ。とのこと。
3回目の波が過ぎる前に頭が出てきた。

7時3分。

病院について1時間足らずで、kaiチャン登場。

3640グラム。

達成感+解放感。


そして、しばらく休んで、お昼前には自宅へ帰った。
なんか、ドライブスルー的な気分だった。


行くときは2人。帰るときは3人。


誕生日が来るたびに思い出すんだろうなぁ。。。


2011年5月25日

帰省

ウェリントンに戻ってきてから早いものでもう、10日が過ぎた。

日本に着いたころはつぼみだったツツジも、帰るころには花もほぼ終わり、アジサイのつぼみが顔を見せ始めていた。ちょうど春のころだったから、桜を見ることができなくてちょっと残念だなぁ、、と、思っていた。だけど、思い返すとツツジのほうが思い出に残っているかな、、と思う。新学年が始まって新しいクラスメイト、新しい担任の先生、期待や不安、さまざまな気持ちを持って登下校する時期、道端にあったのがツツジ。たから、久しぶりに日本のツツジを見ることができて心が和んだ。
つぼみだったアジサイは、今ごろ、咲き始めているのかなぁ。。。

1ヶ月も日本に居たのに、本当にあっという間だった。2年ぶりだったから、浦島状態かな、、と、思っていたけど、もちろん、変わらないものは変わらない。あたり前だけど。。。例えば、新聞配達や、郵便屋さんのカブの音。朝夕のカラスの鳴き声。スーパーマーケットの匂い。そんなこと?と、思われるかもしれないけど、そんなことが懐かしいんだからしかたがない。今思い出しても十分懐かしいけど、2年ぶりに感じたときは、「あ、これこれー!」と、かなり感動した。スーパーマーケット初日は、売り場で、なんだかんだと騒いでしまい、かなり変人だっただろうなぁ、、と、自分でも思う。

私の帰省中には、売り場のものがないだとか、ひとり何個までといった制限がある商品などはなかった。だけど、節電してあるお店がほとんどで、駅でもエスカレーターを止めてあったり、ATMも営業していないところもあったりで、3.11を忘れない日はなかった。ほぼ毎日のように余震も感じた。原発のこともあるから不安が消える日はまだまだ先かもしれない。
だけど、ふたりの子どもと荷物を抱えた母親と私は、電車の乗り降りでさっと手を貸してもらったり、、エレベーターでも同じようにベビーカーの出し入れや荷物の出し入れを手伝ってもらったりで、、、、今回、やさしさや、思いやり、団結力の強さを感じ、私も同じ日本人で良かったと、あらためて思った。

2010年6月21日

なぜ、今なの?

G-TARanaki、、、、、Taranaki地方のNew Plymouthで行われるギターフェスティバルにあの、Slash様がやってくるなんて!!
なんで、この時期に。。。
このフェスティバルの開催日は再来月8月11日~15日。その頃はkaiチャンは新生児。行けるわけがないのだ。残念。あの、シルクハットを一目見たかった!

とても悔しいので、monチャンが幼稚園に行っているあいだに動画など検索してのんびり鑑賞した。(一緒に見てもいいけど、すぐに飽きて、そのうちに「アンパンマンがみたい!」とか言い出すから、のんびり鑑賞、、というわけにはいかない。)



Velvet RevolverのギタリストとしてのSlashもカッコいいけど、やっぱり懐かしのコレは何度聞いても飽きない。ギターソロはもちろんだけど、曲が終わるころにボーカルと掛け合うようなところがすごくいい。今現在のSlashは昔と変わりなくカッコいいけど、ほかのメンバーはそれなりにオジサン化したなぁ、、、。この頃のAxl(ボーカル)は、まだカッコよかった。。。




この動画はイマイチ意味がわからないけど、教会の前でのギターソロがカッコいいのだ。ピアノの上で演奏しているところもまたいい。


まだ新しいアルバムを買っていないので、誕生日に買ってもらおうかな。。。
確か、ジャパニーズバージョンはB'zの稲葉さんがボーカルとして参加している曲もあったはず。

2010年5月21日

上がったり、下がったり。

普段、のんびりぼんやりと暮らしている私が口を挟むべき話ではないのかもしれないけれど、この国に住んでいる以上無関心ではいられないことが起こった。
この10月から、日本で言うところの個人所得税と消費税の税率の改正が行われる。5月20日に発表された。税制改革だ。政府の目的は?

内容はというと、、、
所得税は、ニュージーランドは日本と同じ累進課税で、今現在12.5%~38%で4区分。これが、区分は現状のままで10.5%~33%に改正されることになった。
例えば年間所得4万8千NZドル超(約300万円)~7万NZドル(約430万円)の区分が、33%から30%へ減税される。日本の場合この区分内で20%の税率。かなり違う。lupoはいくら働いても税金として徴収されるので、どうしても日本で働いていたときのことと比べるとやるせないようだ。
消費税は現状12.5%から15%に増税される。

この国は税金が高いことでもよく知られているが、今現在妊娠中の私は初回のエコーにかかる費用のみ個人負担で、8ヶ月の今まで何の出費もなく来た。私の場合は毎月、助産師に診てもらっていて、これがニュージーランドでは通常。(例えばはじめから何らかの理由があって自分の意思で産科の医師にかかると状況も変わってくるようだけれども。)
lupoが去年通勤中にスクーターで事故をしたときもすべて国の負担で一度もお財布を開けずに済んだ。フィジオセラピーまで無料でしてもらった。
monチャンが風邪をひいて熱を出して(めったにないことだが)お医者さんに診てもらっても診察料は無料。

税金が高くても割りとお世話になっているので特に声を大にして言うこともなにもない。そういった自分達の生活に直接かかわることだけでなく、自然保護も積極的に行われている。こういったことに税金が使われるのはとても良いことだと思う。
ちなみにninaも毎年登録料という名の税金を消費税込みで154.5NZドル支払っていたりする。

10月まではあちこちでセールも行われるだろうし、国民も消費税が上がる前に必要なものは買っておこうとするだろう。でも、そんな目先の経済成長を目的にはしていないはず。なにしろ首相は元ビジネス界の人。
私は以前はお金の話がとても苦手(単に数字が苦手)で好きではなかったのだけれども、lupoが経済を学んだ人なので我が家でもよく経済や税金などの会話をする。、、、というか、聞かされる。先にも書いたけれども、、、勤労意欲。やはり、資本主義の国なのだから、やる前にやる気を削がれてしまうようでは大きな問題だ。がんばった分だけの報酬がなければ、人間はがんばれない怠惰な性分。lupoは今回の結果に好意的なようだ。
所得の低い人、ない人には消費税の増税は厳しい改正だろう。
それから、会社に勤めている人には関係ないことだけれども、申告納税をする自営業者というのは節税がやはりうまいし、ニュージーランドにはそういったカシコイ人が多いような気がする。今回の改正に関わりがなくはなさそうだ。

法人税は11月に30%から28%に減税されるそうだ。